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「暗い日曜日」の真実

投稿日:2018年4月9日 更新日:

「暗い日曜日」の真実

シャンソンの名曲

自殺の聖歌といわれたシャンソンの名曲がある。1936年に、暗いドラマチックな歌の表現にすぐれ、シャンソンの悲劇女優と呼ばれたダミアが歌い、レコーディングした「暗い日曜日」だ。

時はおりしも、ドイツでナチスが政権を握り、ヨーロッパに暗い影が漂いはじめた第二次世界大戦前夜。

胸が締めつけられるほど切ない「暗い日曜日」は、いい知れぬ不安感を感じていた人々の心を震わせ、大ヒットした。

しかし、この名曲は純粋なシャンソンではない。

暗い日曜日の起源

ハンガリーの、ブタペストで、レストランのピアノ弾きだったユダヤ系ハンガリー人、レジュー・セレッソが作曲したもの。作調者のラズロ・ヤヴォル第一章奇妙な噂は、そのレストランのオーナーだった。

1933年に隣国オーストリアのウィーンでレコーディングされたこの曲は、たちまちヨーロッパを席巻した。

では、なぜこの曲が自殺の聖歌と呼ばれるようになったのかじつは、曲が引き起こしたと思われる自殺が、当時ヨーロッパ中で続発したのだ。

地元ブタペストでは、ある者は遺書に歌詞を引用して自殺。

レコードでこの曲を聴きながら自ら命を絶った者や、手に楽譜を握りしめたまま亡くなった者もいた。

こうして「暗い日曜日」との関連が推測される自殺者は、ハンガリー全土で、157名に及んだと伝えられている。

同じく、ベルリンやパリ、さらにはアメリカのニューヨークなどで、この曲を聴いた自殺者が出るに及びいつしか自殺の聖歌と呼ばれるようになった。

日本でも数名の自殺者があったという。イギリスのBBC放送などは、ついにこの曲を放送禁止にしたほどである。

イタリアのローマでは、物乞いの口ずさむ「暗い日曜日」を耳にしたひとりの少年が、なぜか有り金すべてを彼に渡し、その直後に身を投げたという。

暗い日曜日は呪われている

やがて、曲は呪われているがとも噂された。それは作曲者自身の身にもふりかかった。セレッシユが「暗い日曜日」を作曲したきっかけは、失恋だった。

曲がヒットした後、彼は別れた恋人にもう一度会おうと連絡をとった。がその翌日彼女は服毒自殺を遂げてしまったという。

かたわらに、暗い日曜日と書かれたメモだけを残して。

そして、それから初年あまりがすぎた1968年、セレッシユもまた、投身自殺を遂げたのである。

暗い日曜日の真相

やはりこの曲は呪われているのだろうかいや、残念ながら当時のハンガリーの状況を詳しく記した記録はなく、実際に曲を聴いて自殺をしたのか、今となってはその真相を知るすべは閉ざされている。

音楽は、人を幸せにしたり、落ち込んでいるときには、気持ちを明るくしてくれる。

だが、音楽がもっている魔力は、人を幸せにするだけではない。ときには気持ちを落ち込ませたりすることもあるだろう。

たしかに「暗い日曜日」は、曲調も歌調も暗い。が、ロマンチークないい曲だ、という意見も多々あり、聴くと自殺したくなるというのは、当時の時代背景が生んだ都市伝説の類いでしかなさそうだ。

「暗い日曜日」の場合、作曲者の自殺は、初年も経ってからのことだし、人々の自殺はまちがいなく当時の時代背景がリンクしている。

つまり、戦争による世界的な不況と不気味なナチズムの台頭が反映して、ヨーロッパ全土に社会不安と暗い世相を生み出し、人々の自殺者が増えたのだ。

それを、この曲のせいだという風潮が、自殺聖歌という伝説を作ったにすぎない、というのが真相ではないだろうか。

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