怪人伝説ばね足ジャックの起源
1830年代のことだ。マントを羽織った謎の怪人が、イギリス、ロンドン南西部、パーンズ広場付近に出没。恐ろしい悪魔のような奴が、宙に跳ね上がったという報告が相次いだのである。
当初、誰も信じなかったが、1838年1月、ロンドン市長サー・ジョン・コーワンが市長公邸で、ベッカムに住む住人たちの訴えを読み上げ、その存在が公式に認められることとなった。
やがて、この怪人はHばね足ジャックと呼ばれるようになっていた。それは怪人が誇示するその驚異的なジャンプ力から付けられたものだ。
農家の娘ポリー・アダムズは、南ロンドンのパブで働いていたが、通りで、怪人と遭遇したが、怪人は空の彼方まで跳んでいったという。
ロンドンの肉屋の娘、ルーシー・スケイルズ(日歳)とその妹が、兄の家を訪ねた帰りを襲われた。
暗聞から突然現れたかと思うと、そのマントを羽織った怪人は、ルーシーに炎を吐きかけ、ひるんだ隙に跳び上がって消えたという。
また、2月のある晩のこと。ジェーン・オルソップは家の玄関がノックされたのでドアを聞けると、閣の中にマントを羽織った怪人が立っていて、こういった。
「警官です。灯が欲しいので貸してください。ばね足ジヤックを捕らえたんです」それならと、ジェーンがロウソクをもってきて手渡した。すると怪人はやにわにマントを脱ぎ捨てた。なんと金魚鉢に角を生やしたようなヘルメットをかぶり、白くぴったりフィットした服を着ていた。
怪人は呆然と立ちつくすジェーンに手をかけた。一瞬、われにかえったジェーンは悲鳴をあげて振りほどいた。
次に怪人は、彼女の髪をつかんできた。妹が助けを呼んでくると、ひるんだのか、大きくジャンプして逃げ去ってしまった。
怪人伝説ばね足ジャックの特徴
ジェーンによれば怪人は醜悪な顔で、目は火の玉のよう。手には氷のように冷たい鈎爪が付いていて、口から青や白の炎を吐いていたという。
警察当局は、自警団を組織したり、懸賞金を出したりしたが無駄だった。怪人を逮捕できなかった。
しだいに、警戒が厳しくなったころ、ばね足ジャックはロンドンを離れ、田舎に出浸しはじめた。
1855年2月、イングランド西部、サウスデヴオンにある5つの村に奇怪な足跡が残されていた。住民が朝起きてみると、厚く降り積もった雪の上に何者かの足跡が残されていた。しかもそれは塀の上から屋根の上、囲いのある中庭を横切って続いており、ばね足ジャックのものではないか、と噂された。
1870年代、軍はこの怪人を捕らえようと計画したが、失敗に終わった。
持ち場についていた兵士の多くが物陰から見張り小屋の屋根に上がったり、氷のような子で顔をひっばたく怪人を見て、恐怖のあまりパニックを起こしてしまった。
リンカーンでは勇気ある住民が怪人に対して発砲。
だが、怪人は狂気に満ちた笑い声とともに闇へと消えていったという。
怪人伝説ばね足ジャック最後の目撃情報
そして1904年、リヴァプール。これが、ばね足ジャックの最後の目撃情報である。
このとき、ばね足ジヤックは、エヴァートン地区で歩道から屋根に跳び上がったり下りたり、そして道を行ったり来たりして住人たちを驚かせた。
勇猛果敢な人たちが、怪人を捕まえようと追いつめたが、逃げられてしまった。
怪人の正体については諸説あるが、正体は不明。
もし、ずっと目撃されてきた怪人が同てたとすれば、実に河年以上も渡って出現し続けていたことになる。
これは尋常なことではない。ばね足ジヤツクは複数いたのだろうか。それとも、怪人は元々人間ではない存在だったのか。
もう一人の怪人伝説ばね足ジャック
怪人ばね足ジヤック事件は、その正体がわからないまま伝説と化してしまったが、それから数十年後、もうひとりのジャックが出現する。
ロンドン市衝を恐怖に陥れた猟奇殺人事件の犯人、切り裂きジヤックだ。
そう、ばね足ジャックは、どちらかというと快楽的な犯行に及ぼうとし、いずれも未遂に終わっているが、このジャックは、まさに殺人鬼そのものであった。
1888年8月白日から同年日月9日までの約2か月間、霧の夜のロンドンに出没し、娼婦たちをつぎつぎと襲い、喉や腹部を切り裂くという残忍な手口で殺害。
だが、犯人と目される人物が登場するも決め手がなく、結局、真犯人が逮捕されないまま捜査が打ちきられている。
この切り裂きジヤックとばね足ジャックは、幽霊や亡霊話が豊富にあるイギリスを舞台にして誕生した、都市伝説的怪人の原型ともいえるだろう。