地図から消えた村、杉沢村のウワサ
「50年ほど前、精神に異常をきたした一人の青年が村人全員を惨殺、その結果、廃村に追い込まれた村がある。
今でも家の壁には血の跡 が残り、凶器の斧も当時のままに残っている。だが、その村に入って生きて帰った者はいない。。。」
地図から消えた村、青森県の杉沢村は、そうウワサされる。
杉沢村は見つかったの?
もちろん、ネタに乏しいマスコミはすぐに”呪われた廃村”を探すために大々的に動いたが、発見するにはいたらなかった。
さらに、杉沢村とされた集落の候補地も青森県内7ヶ所におよんだが、どれも決定打ではなかった。
それ以前に、 一村を廃村に追い込むほどの大量殺人事件があったのだろうか。
実はそれらしい事件が2件あるが、どちらも大量殺人といえるかどうかは微妙である。
杉沢村を連想させる2つの事件
1件目
昭和28年に起きた「新和村(現・弘前市小友) 一家八人射殺放火事件」。
加害者は一家の三男T(当時24歳)。家族との折り合いが悪く、家を出ていたTは、昧噌を盗もうと深夜、実家に侵入。
土問に立てかけてあった猟銃を見つけて、 殺られる!と逆上。
寝ていた家族一人一人の頭に次々に弾をぶち込んで射殺、Tの祖母は首から上がちぎれた状態だったという。
また、長兄の憎さにその子供までをも射殺した。
Tはカッとなると見境がなくなる性格で、幼少時の病気のせいで片目が不自由、それが原因で卑屈に育ったという。
また女性に対して執着心が強く、一度結婚したが、その性格のせいでか、すぐに離婚。それでも元妻に対して特別の執念をいだき、執拘にいやがらせを続けたという。
この新和村事件以外に、杉沢村で起きたといわれる事件と似ているのが、昭和13年に岡山県であった「津山犯人殺し」事件で、一人の青年が一夜のうちに村人30名を惨殺したという凄惨なものだ。
のちに、横溝正史の小説「八つ墓村」のモデルとなっている。
新和村の8人殺しは、この地方では、稀に見る大量殺人事件だっただけに、人々がその日年前に起きた、この津山事件を連想したことは想像にかたくない。
つまり、この2つの事件が、人々の意識の中で混同され、やがて 「青森で起きた大量殺人事件=杉沢村伝説」の下地になったのではないか、という。
2件目
そしてもうひとつ、 青森市の小杉でもある殺人事件が起きている。
今から50年ほど前、新和村の事件と閉じ時期に、精神に障害を持つ息子の将来を悲観した父親が、 息子を殺害。証拠不十分で無罪になるが、山に入って焼身自殺を遂げたというもの。
この事件現場は、通称「杉沢」と言われている。
杉沢村の特徴
噂で伝えられる「杉沢村」の特徴は、次のとおり
●朽ちた鳥居が入り口にある。
●鳥居の根元にドクロの形をした岩がある。
●近くに「ここから先へ入る者、命の保証はない」と書かれた看板がある。
●入口から奥へ進むと廃櫨があり、惨劇の痕がそのまま残っている。
杉沢村は本当に存在するのか
この都市伝説は、 青森県の一部で知られていたが、インターネット上で噂が広まり、2000年8月にフジテレビ の人気番組『奇跡体験アンビリーバボー』で特集され、有名になった。
ちなみに、青森県内には、青森市内(旧浪岡町)や南部町 (旧福地村) 、三戸町などに 「杉沢」という集落 ・地名があるが、くだんの杉沢村とは無関係。
つまり、噂の杉沢村は、人々の心の聞に存在する村といえそうである。