預言書「聖書」
「聖書の暗号」(1997年)という本が、以前、日本をはじめ世界中で話題になったことがあった。著者のマイケル・ドロズニンが、旧約聖書には、暗号で予言が秘されていた、と主張。
例をあげれば、イスラエルのラビン首相が暗殺され、その犯人の氏名や場所、年まで予言されていたこと。古くは、ケネディやリンカーン、アインシユタインやシェイクスピア、ヒトラーのことなど。
日本に関しては、あのオウム真理教の地下鉄サリン事件までが予言されていたというのだ。
元々、聖書には人類の終末予言が記されているといわれてきた。
だが、ドロズニンは、それには触れず、誰もが知っている人名や事件を持ち出してきて、「これが偶然ではなく暗号化されていた」と論じた。
預言書としての聖書のおかしな点
だが、よく考えればおかしいことに気づく。聖書は何度も手が加えられて改賀され編集されている。ドロズニンは、この肝心なことを見落としてしまっていた。文章が書き換えられているなら、そこに予言が暗号化されていようとなかろうと、何の意昧もない。ではなぜ、そこに人名や生没年月日、メッセージが隠されていた、となるのか。
答えは、聖書とへブライ語にある。旧約聖書は約却万字もある。しかもへブライ語は母音を表記する文字がほぼなく、子音か、子音に母音記号を付けるぐらいだという。つまり、Sと書いてある文字は「さ」「し」「す」「せ」「そ」と5種類に読める。そして叩万文字を1列にならべて、縦・横・斜め、ときにはたすきがけに飛んで、文字を拾い、規則性があれば、それでオーケー。その作業をするのはコンピューター。
いかようにも読めるし作れるわけだ。批判を受けたドロズニンは「メルヴィルの「白鯨」で同じ事ができたら、その批判を受け入れる」と新聞に公言。ところが、結果は裏目に。同じ手法で「白鯨」を解析すると、ガンジーやマーティン・ルーサー・キング牧師、ロパー卜・F・ケネディなどの暗殺が予言されていたことが判明。さらに皮肉にも、ドロズニンの死の予言まで発見されてしまった。こうなると、ドロズニンも立つ瀬がなくなった。
同年に刊行された続編本で、アメリカの同時多発テロも予言されていたといっていたが、予言といってもすでに起こってしまったあとのことで、色槌せたものに見えた。
そしてさらにドロズニンは、だいそれた発言をする。
「2006年に核戦争が起き、死人が多く出る」という暗号を発見したと。
ドロズニンの主張では、聖書の暗号は確実に未来を予言している。ならば、その予言は成就するはずだ。しかも、今回は、過去形ではない。
預言の結果
そして周知のとおり、2006年は、何事もなかった。
みんな予言が大好きである。楽しい予言よりもなぜか、悲惨で不幸な予言が好まれる。それが聖書に記しであった、それも暗号化されてだ。謎ときの妙と予言が見事にリンクした。信じる要素は十二分にあり、受けないはずがないのだが、世を騒がせた「聖書の暗号」、それは単なる文字遊びにすぎなかった。これが真相であり、真実だったのである。